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短編小説 2
ここんとこ、こねくり回していたやつです。
これにて、いったん手放すことにします。

修正あり、9月5日

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「指相撲」

 大人になる事とは、常識を形成していく事でもある。幼い頃に未知だった世界を、少しずつ紐解いてゆく過程が成長なのかもしれない。しかし、それは言い換えれば、未知だったからこそ持てた自分や他者に対する幻想を、失ってゆく過程とも言える。それ故に、子供と大人の狭間には、失われて行く幻想の最後の輝きが垣間見れる事がある。蝶になる前の蛹のように、まだ形が定まる前の、まだ何者でもない故の美しさだ。僕がそう思うようになったのは、壱子がきっかけだった。

 僕は、「いずもっち」と呼ばれていた。苗字の泉から、いずみっちと呼ばれるようにになり、やがてそれはいつの間にか「いずもっち」になっていた。中学までの同級生は、たいていは僕の事を「いずもっち」と呼ぶ。自分でも気に入っていた呼び名だが、少し離れた高校に行くようになり、僕の事を「いずもっち」と呼ぶのは中学までの同級生だけになった。
 大学生になり、県内の親戚の家の二階の一部屋を借り、下宿暮らしを始めた。それまで仲の良かった友人は、みんな違う進路に進み、たまに電話や手紙のやりとりをするくらいになった。なかなか大学に馴染めずにいた僕は寂しさを感じていた。これまでの楽しかった日々は、今となれば通過地点で、もう戻れない過去になってしまったんだな、と感じた。
 夏になり、特にバイトをする予定もなかったので、実家のある町でのんびりと過ごす事にした。カセットテープに録音した音楽を聴きながら、実家への帰路についた。路面電車でバスセンターまで行き、そこから二時間程バスに乗れば、僕の生まれた町にたどり着く。

 「いずもっち?」
乗り込んだバスの中で声をかけられた。声の主は、中学の同級生の壱子だった。白いTシャツにベージュの短パンという、ラフな格好をしていた。白いキャップが良く似合っている。
「やっぱり、いずもっち。一年ぶりー」
「壱子、家帰るとこか?」
「うん。いずもっち、一番後ろ行こ」
言われるままに、僕らはバスの後ろの席に移動した。

 中学の時、僕と壱子はそれほど仲が良かった訳ではない。同じバスケ部ではあったが、壱子は当時、高嶺の花という感じで話しかけづらかった。少し親しくなったのは、去年の夏、友人の山本に誘われて一緒に海に行ったからだ。壱子は山本と交際していた。山本は、僕ともう一人、笹山も誘い、僕らは壱子を含めて四人で島根まで海水浴に行った。要は友人のデートについて行ったようなものだ。浜辺でははっぴいえんどの「風来坊」が流れていた。変な歌があるもんだと思ったので記憶に残っている。その歌と、壱子が着ていた鮮やかな赤色の水着を、よく覚えている。

 「山本どうしてる?」
「うん、、あんまり知らない。」
壱子の微妙な答えに、僕はそれ以上は山本について聞かない事にした。
 去年、海に行った帰りの電車の中で、壱子と山本は喧嘩をしていた。何が原因かは分からないが、よくある男女の揉め事のようだった。僕は気まずいので、疲れて寝たふりをしていた。笹山は本当に眠っているようだった。喧嘩は続き、壱子は山本の持っていたカセットテープを、電車の窓から投げ捨てた。壱子は結構激しい性格なんだなと、その時の僕は思った。

 「いずもっち、大学はどう?」
「うん、実はあんまり行ってない。授業がつまんないから、ギターばっか弾いてる」
「あー、いずもっち、ギター上手かったもんね」
「そうでもないけど、弾いてると落ち着くんだ」
壱子は話しやすい相手だった。気を使わずに喋れる。友達の彼女だったというのもあるんだろう。僕らは壱子の専門学校の事、同級生の近況、当時の中学の話など、色々と話をした。

 ひと通り過去や現在の話をした後で、僕は最近思っている事を話した。
「あのね、僕は中学高校とね、ずっと今を大事に生きてたの。だって今って今しかないじゃん。でも卒業したらあんなに好きだった毎日がどっか行っちゃって、もう存在しないっていう。なんか虚しくなっちゃってね」
「そうね、私もね、気に入ってる場所や人とずっと一緒に居たいのに、環境って変わっちゃうよね。環境が変わると心も変わっちゃうしね。ついてけなくなる時ってあるね」
「どうにかならんもんかね」
「どうにかならんもんですかね」
僕はため息をついた。

 壱子は不意に、「いずもっち、指相撲をしよう」と言った。僕は最初はかなり照れたのだが、すぐに夢中になり、降りるバス停まで指相撲をして過ごした。なんだか小学生に戻ったようだった。
 壱子は「またねー」と言って、バスを降りた。笑顔の壱子は、とても綺麗に思えた。またね、とは言ったものの、それ以来、壱子とは会っていない。

 僕はその後の夏休みを、かつての友達と過ごして元気を取り戻し、秋になり大学に戻った。その夏を境に僕は自分というものを、新しく確立し始めたように思う。以前の自分が幼虫の芋虫だとしたら、蛹になり新しく自分を形成し始めたのがその夏だったように思う。その変化の時代を思う時、壱子の笑顔が脳裏に浮かぶ。特別な恋心があった訳ではないのだか、思い出すと不思議な懐かしさに囚われる。













   
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