ミルとお母さん
子供の頃、僕がまだ8才の時、ヒキガエルに遭遇した。そのヒキガエルは背中に小さな人間を乗せていた。その小さな人間は濃い赤色のツナギのような服を着ており、パッチリとした目に茶色の帽子を被っていた。僕はその小さな人間に話しかけた。
「君はだれなんだい?なんだか初めて見るんだけど」
小さな人間は答えた。頭の中にこだまする様な声だった。
「僕はミル。君らから見ると妖精と呼ばれたりするけど、何なのかは僕も分からない。君は何て名前だい?」
「僕の名前は丸也。マルちゃんって呼ばれてるよ。ヒキガエルって初めて見たけど、君も初めて見たよ。ねえ友達になれるかい?」
「もちろんいいよ。小さい子供なら大歓迎だよ。君は優しそうだしね。ねえ、明日の日が暮れる頃、もう一度ここにおいでよ。面白いものが見れるよ」
「うん、わかった!」
僕は家に帰り、その夜はワクワクして過ごした。
そして次の日、僕はまた昨日の裏庭に向かった。そこにはたくさんのカエルが集まっている。その中にミルがいた。
「これから星に向かって呼びかけるんだ。宇宙って案外近い所にあるんだよ」
しばらくするとカエル達は一斉に鳴き始めた。めいめいに色んな鳴き方をしている。ふと、星が降って来るような錯覚にとらわれた。そして僕は宙に浮いたような感覚を味わった。
しばらくして、僕は草原にいるのに気づいた。牛が食べるような草がたくさん生えている。そして夜空はいつもより鮮明で、天の川がいつもより大きく広がっていた。
「あの天の川辺りから僕はやって来たんだよ。実は君もそうなんだけどね。宇宙人って聞いた事あるかい?あれとはちょっと違うけどさ、宇宙や時間って実はグニャグニャ曲がるんだ」
そう言うとミルは、少し遠くにある小さな小屋へと向かった。木と藁のような物でできたその家から、ミルのお母さんが出てきた。大きさはミルと同じくらいで、ニコニコ笑っている。
「あら、誰か連れて来たのね。なんだか優しそうな子じゃないの。ちょうど良かった、あそこの川まで水を汲みに行って欲しいの」
僕とミルはその川を目指した。川にはたくさんの光が灯っている。水の中や川岸に色々な色の光が見えた。
「この光が僕達の栄養源なんだ。君の家の裏から来れるこの場所は、その光がたくさんあるんだ。君はいい所に住んでいるね」
ミルの言葉に僕は嬉しくなった。
「マルちゃんも食べてみるかい」
そう言うとミルは薄い水色の、光を、差し出した。
「その光を胸の中に入れるんだ。やってごらん」
僕は言われた通りに水色の光を、胸の中に入れた。すると頭の中に懐かしいイメージが浮かんで来た。それはおととし僕が見つけた秘密の場所だった。いつも遊んでいる川から少し上流に向かうと、静かな川の淵がある。そこの水は澄んでいて、大きな赤いイボを備えた川魚がたくさんいた。そしてそこには水色の光がたくさん浮いていた。
「僕らは地球の生き物の、気持ち良いって心を栄養にして生きてるんだ。君はそういう心が多いね。おかげでこの辺りはほんとに輝いてるよ。天の川辺りからも見えるんだ」
「そうなんだ」
「君にはまだ分からないかもしれなけど、そういう気持ちは、これから世界中から消えて行くんだ。だから僕はこの時代に来たんだよ」
僕はその未来を想像してみたが、上手くできなかった。確かに今の僕の家の周りは綺麗だ。でも、それが天の川まで続いているなんて思いもしなかった。川辺ではアマガエルが鳴いている。
「これから君が大きくなって、もし気持ち良いって心が消えそうになったら、この淵を思い浮かべるといい。きっと君は今と同じ気持ちになるよ」
そう言うとミルは大きなバケツに川の水を汲んだ。僕らはそのバケツを持って、お母さんの小屋へと向かった。牧草が風でユラユラ揺れている。
小屋に着くとお母さんはオレンジ色の丸い光でお菓子を作っていた。
「さあ、どうぞ。マルちゃん、これを食べてごらんなさい」
僕はそのオレンジの光を、胸に当てた。すると、家の前の柿の木のイメージが浮かんで来た。
「マルちゃん、その柿の木はね、毎年あなたが登ってくれるのを、嬉しく思っていたの。ちょうど登りやすいように枝が並んでいたでしょう。それはね、あなたの為なのよ」
それを聞いて僕は嬉しくなった。
「僕はあの柿の木、とっても好きだよ。昔、膨らむ前の実を全部むしっちゃっておじいちゃんに怒られたけど」
「マルちゃん、柿の木はね、それでも喜んでいたのよ。その年は少ないけど、とっても甘い実がなったはずよ。そして、マルちゃん、その柿の木はいつか枯れちゃうけど、ずっと覚えていてあげてね。その柿の木は、マルちゃんの事がほんとに好きなの」
「うん、僕、きっと忘れないよ」
「マルちゃん、あなたのおかげで私達はここへやって来れるのよ。小さな事に思えるけど、心ってほんとにたくさんの物事の役に立ってるの。その事を大人になっても、決して忘れないでね」
僕はミルとお母さんに約束した。
「絶対に忘れないよ」
お母さんは、今度は薄いピンクの光を差し出した。
「ミルちゃん、これを胸に入れるとね、あなたは元の世界に戻るの。帰りたいと思ったら、それを胸に入れてごらん」
「僕が家に戻っても、またミルとお母さんに会えるかな?」
「そうね、雨が降り続いた後、綺麗に晴れた夕方にまた裏庭に来てごらん。また会えるかもしれないよ」
「わかった、また来る」
そう言って僕は二人にさよならをして、ピンクの光を胸に入れた。すると、赤ちゃんの頃の記憶が浮かんできた。たくさんの人が僕を見下ろしてニコニコしている。僕はだんだか眠くなっていった。
気がつくと僕は家の布団の中にいた。お母さんが僕を見ている。
「マルちゃん、夢を見てずっとニコニコしてたわね。いったいどんな夢を見ていたの?」
僕はミルとそのお母さんの話をした。お母さんは微笑みながらずっとその話を聞いていてくれた。家の外ではアマガエルが鳴いている。
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